2016年10月8日土曜日

毛越寺(5-129、岩手県西磐井郡平泉町平泉大沢)

毛越寺(もうつうじ)は岩手県平泉町の中央、JR東北本線平泉駅から西方に徒歩10分のところにあります。
毛越寺は慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)が開山し、藤原氏二代基衡(もとひら)から三代秀衡(ひでひら)の時代に多くの伽藍が造営されました。往時には堂塔40僧坊500を数え、中尊寺をしのぐほどの規模と華麗さであったといわれています。 
奥州藤原氏滅亡後、度重なる災禍に遭いすべての建物が焼失ましたが、現在、大泉が池を中心とする浄土庭園と平安時代の伽藍遺構がほぼ完全な状態で保存されており、国の特別史跡・特別名勝の二重の指定を受けています。 
平成元年、平安様式の新本堂が建立されました。~毛越寺HPより
境内には、真新しい朱色のきれいな本堂や鉄筋の宝物殿、小堂がありますが、その面積の大部分は広大な伽藍跡や庭園、池などが占めています。

奥州藤原氏の時代には多くの堂塔が聳え立っていたそうで、華やかで大規模な構えは伽藍復元図から想像するしかありません。

今の時代に、その一部でも名残の構築物があったならと思います。

毛越寺には、開山にまつわる白鹿伝説があります。
嘉祥3年(850)慈覚大師(じかくだいし)が東北巡遊の折、この地にさしかかると一面霧に覆われ、一歩も前に進めなくなりました。 
ふと足元を見ると地面に白鹿の毛が点々と落ちているので、大師は不思議に思いその毛を辿ってゆくと、前方に白鹿がうずくまっていました。大師が近づくと白鹿の姿は霧のなかへ消え、やがてどこからともなく一人の白髪の老人が現れ、「この地は霊地であるから堂宇を建立するなら仏法が広まるであろう」と告げました。 
大師は、この老人こそ薬師如来の化身と感じ、一宇の堂を建立し嘉祥寺(かしょうじ)と名付けました。これは毛越寺の開山にまつわる話です。~毛越寺HPより

毛越寺入口{拝観券発行所)

本堂

南大門跡

伽藍復元図

大金堂円隆寺跡

大泉が池

鑓水

大泉が池

出島と池中立石(ちちゅうたていし)

案内図

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